新学年が始まる前日、前夜。ここに憂鬱顔の姉弟がいた。

新学年前なら、普通ならば期待に胸を膨らませた表情をしていてもよさそうなのに。しかもこの姉弟、姉は高校入学、弟は中学入学でもあるにも関わらず。

「今年もきちゃったね。」
「うん、来たね。来ちゃったね。」

「「新学年が来ちゃったね…」」


本気で憂鬱らしい。二人揃って影を背負い込み、過剰表現でなく『orz』な体勢。
どうしてか。何故なのか。


「「何で、こんな名前を付けたのか!」」

名前が、悩みのタネらしい。そんな、二人の名前とは…

姉:竹野秋(たけの あき)
弟:竹野春(たけの はる)

普通の名前では?なのにどうして憂鬱になってしまうほどなのか。
二人の名前と誕生日(生まれた季節)に関係がある。

姉:4月16日(春生まれ)
弟:10月22日(秋生まれ)


「いやさ、『竹の秋』ってさ、春を表すものだけどさ…。間違ってはないけどさ…。ややこしいじゃん?」
「ホントだよ。いい具合にその季節に産んでくれちゃって。せめて、夏か冬に生まれてればって思う。」
「春はまだいいじゃん。私は結婚したら苗字変わっちゃうんだよ!?苗字込み込みで関連があるのに…。結婚したら、春生まれなのに名前は秋な、妙ちくりんな人になる。ありえねーーっ!!!」
「…母ちゃんみたく、婿養子をとればいいよ。」
「…母ちゃんはさ、いい感じの名前じゃん?『竹野園生』って皇族かよ、って思った。自分だけ良い名前。」
「何気に父ちゃんも『竹野』の苗字もらって関連づいた名前になってるよな。『竹野実』。まぁ、『美味しくない』って辞書にはあったけど。俺らより全然まし。」

「「はぁぁぁああぁぁ」」



新学期には毎回ある光景らしい、この姉弟の落ち込み様。
名前は一生物で、それがコンプレックスになってしまうとなると。この落ち込み様も分からなくもない。

「学年持ち上がりだったらさ。なーなーになるから自己紹介も適当で済むけどねぇ。」
「入学だもんね、結構詳しく自己紹介しなきゃいけない感じだろうなぁ。」


そうしてまた溜息をひとつ。



「紹介内容を指示されない限り、誕生日は言わんでも良くね?」
「だな!自分から嫌な思いの方に突っ込んでいきたくないし。うん、そうしよう。」


というわけで、竹野姉弟の相談結果は「自己紹介に誕生日は言わない」でまとまった。



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翌日の夜。

竹野・弟は沈んでいた。彼の自己紹介はどうやら失敗に終わったみたいだ。

「担任が国語の先生で、名前の意味に気づきやがった。誕生日も聞かれて…。ふっ…。先生はさ、『竹の春』の意味もキチンと説明してくれたさ。でもな、生徒はポッカーーーン(゜δ゜)だ。素敵な名前を付けてもらったね、と言われても…逆に恥ずかしかったぜ、ちくしょう。」


竹野・姉は浮かれていた。彼女の自己紹介はどうやら成功したらしい。しかも…

「全体では何も問題なく自己紹介が終わって良かった!
んでね?隣の席の男子には言われたの!!『もしかして、春生まれ?』って。『素敵な名前だね』って!!今まで男子には馬鹿にされたり、からかわれたりしたけど。あぁっ!!格好良くって、教養もあって…。私、彼のこと好きになっちゃった。」

竹の秋→春の竹は、竹の葉が黄色く黄ばんでくるので。春を表す季語。また、陰暦3月の異名。
竹の春→竹は秋に、青々と春の植物の様に美しい姿になるので。秋を表す季語。
竹の園生→「竹の園」。竹が生えている園。また、中国、梁の孝王が東園に竹を植えて修竹苑と称したところから、皇族の異名に。
竹の実→竹・笹の果実。食用となるが味は悪い。

大辞林より