第一種接近遭遇
とあるマンションの一室で、一人の男が「あるモノ」に遭遇した。
「こ、これは・・・・?」
男(猿渡 将慈朗:サワタリ ショウジロウ、48歳、カメラマン)の目の前には、何やら食べ物が。・・・食べ物とは分かるが、どんな料理なのか、どんな味がするか想像が出来ぬ食べ物があった。
「ん?さっき説明したろ?今度の俺担当の雑誌ページに載せる料理だ。まあまあ、つべこべ言わんで食ってみろって。自信を持って、味の保障はするぜ!」
この部屋の主(寿 隼壱:コトブキ ジュンイチ、37歳、雑誌編集者)がそう言い、猿渡に料理を勧めた。確かにダイニングには、食欲をかなり刺激する美味しそうな匂いが満ちている。だが、猿渡はなかなか料理に手を付けなかった。いや、付けられなかった。かれこれ思案すること約5分。ゴクリと唾を飲み込み、いざ一口。
「・・・?・・・・美味い・・・??」
「だっろー!いやぁ、華ちゃんの料理は、見た目こそ疑問視するものなんだが、味はプロ顔負けなんだよなぁ。最初は、かなりショックを受けたな。美味いんだもんなぁ。・・・でもこの見た目じゃぁ、雑誌には載せられない。ダメなんだ。もうちっと盛り付けを頑張れないかと言ったんだが、あいつには美的センスが無いんだよ。そこで、将さんの出番ってわけだ!この料理レシピを紹介できないってのはもったいないだろ?」
「あぁ。・・・見た目、味、すべてを考えての『不思議料理』だな。俺も、今結構ショックを受けてんだが。その・・・見た目と味の余りのギャップに。この料理を作った『華』さんって人は?」
その感想を聞き、したり顔の寿。そして、猿渡を伴い、リビングに向かった。
そこには、寿の娘2人の子守をしている1人の女性。寿の妻にしては若く、子供にしては大きすぎる。そう彼女が話しに出た『華』である。彼らがリビングに入ってきたのに気付いた彼女は、子供たちに一言言い、2人の前へ。
「どうも。瑞地 華(ミズチ ハナ)です。寿とは親戚関係です。母と彼が従兄弟なので。今回は、私の料理の写真を撮っていただくということで―――」
凛とした女性だな、と猿渡は思った。華の容姿や声はりりしく、姿勢も良い。現に、ほとんどの人の第一印象は『クールな人』と言われている。
「あ、私は猿渡 将慈朗といいます。よろしくお願いします。あの、そのことなんですが、盛り付けを私が行っても良いでしょうか?普段、お出しするには十分だとは思うんですが、やっぱり雑誌用の写真なので多少見栄えを・・・その・・・。」
語尾が弱くなったものの、はっきりと『料理の見た目がひどい』と言っている様なものだ。まぁ、他に言いようもないのだが。その言葉に華はというと。
「私の料理は食べれば分かる。見た目で判断するのは人も料理もいけないことよ。」
と反論した。華には華のポリシーがあるようだ。だが、猿渡も負けてはいられない。
「瑞地さんのおっしゃることももっともです。見た目で判断するのは良くありません。ですが、判断される側も、ある程度の見た目を整えるってことをしなければいけません。
瑞地さんの料理が美味しいって分かる人にとっちゃ、何の問題もありませんよ?ですが、初めて見た人は手を付けるのをためらいます。失礼ながら、私もそうでした。写真だと尚更だと思いませんか?現物が目の前にあるんだったらまだ良いです。ですが、雑誌だと味見も出来ない。その料理が美味しいものだと判断できない。なのに、レシピを見て作ろうと思いますか?たいていは写真で判断するしかないんです!
えぇ、瑞地さんの論でいけば『まず、作れ。それからだ。』と言うんでしょう。 で・す・が!世間一般の読者は見た目から入ります。そういうものなんです!厳しいことを言いますが、もし、そのままの見た目の写真が載ってあるレシピを見ても、私だったら料理しようとは思いません!!なので、見た目もある程度は大切なんです!!!」
かなり、ズバズバと言った。先程の一口で華の料理ファンになった猿渡は、この料理を完璧な形で世に出したいのだろう。かなり熱弁していた。内容は辛辣だが・・・。そして、続けて、
「盛り付けは俺がしますんで!良いですね!!」
一人称も私から俺に代わっているほどに興奮していた。もう既に、猿渡の中で自分が盛り付け担当だということは決定事項のようだ。華も勢いにのまれ取り付く島も無かった。後ろでは寿が笑いを堪えていた。