第一章 - 4


さて、そのネペンティアの状況。
前王までは、他国と同盟を結び平和で穏やかな治世であった。
しかし、10年前に、現王へ王位が継承されてから一変。同盟は解消され、平和・穏やかなぞ少しも伺えられない治世へとなってしまった。
領地拡大の為の戦争。国民徴兵。税の引き上げ。王族・貴族にとっては何のことは無いが、国民にとってはとんでもない国へとなっていった。よっぱど酷い状況なのだろう。人々の間で現王は「魔王よりも魔王」、ネペンティアは「魔界よりも魔界」と言われているらしい。魔族からしたら不名誉極まりない。
そして、ネペンティアの生活に耐えられなくなった者たちが「扉」を経てやって来たのである。

「まだまだ悪化するね。」
「えぇ。序の口といったところでしょう。城下町から脱国者はまだ出ていないと。まぁ、活気に溢れているわけではないようですが。それに、こちらへ来た者たちも、人間界・ネペンティアにある「扉」付近に住んでいた者たちばかりでした。このまま放っておいたら更に魔界に流れてくる人間共が多くなっていきますね。」
ニッコリと極上の笑みで答えた宰相。魔王はその笑顔から何か面白い策を提案すると察知し、慇懃な言葉遣いで、しかし、からかうような口調で言った。
「ふむ。では我が宰相殿。この件についてどの様な処置をお考えで?」

「貴女に『勇者』になっていただきます。」

「・・・はぁ。」
あまりにも突飛な発言につい間抜けな返事をしてしまった魔王。そして、笑い出した。
「勇者っ!勇者ねぇ。この私がか。ハハッ!魔王が勇者とは、なかなか面白い。」
魔王がこのように声を上げて笑うのは珍しいこと。それを見た宰相は興奮していた。
―ウヲォォォオオオォォ!陛下の満面の笑み!笑い声!なんと可憐なことか!!
  しかも、私の発言で笑ってくださった!!なんたる僥倖!!L・O・V・E ♥ へ・い・か!!!
口に出したらドン引きする内容。もちろん、表情は爽やかスマイル・・・・・いや、先程よりもだいぶ脂下がった顔だ。しかも、鼻息が荒くなっている。・・・はっきり言って、気持ちが悪い。
笑いの収まらない魔王。魔王を鼻息荒く、ガン見している宰相。しばらく妙な時間が流れた。

「はぁ。笑った、笑った。久しぶりに声を出して笑ったよ。」
「たいへん可愛らしい笑顔でした。眼福です。ですが、「勇者」は冗談ではありませんからね。本当になっていただき、ネペンティア王を討伐してもらいますから。」
チラリと本音を言った後に真面目な顔で再度、勇者就任について念を押した。
「私は別段かまわないよ。普段とは違う刺激も欲しいし。何より楽しそうだ。仕事も転移術を使うつもりなんだろ?」
「えぇ。書類処理を執務室でするか人間界でするかの違いだけです。まあ、部下にも頑張らせますがね。」
「ほどほどにな。・・・だが人間嫌いのお前が、直接人間に手を貸す方法で対処するとはね。
私が出ていったたら、簡単に事が運ぶよ?こういったことは後々のことも考えて行うものだ。王を倒した後は誰を後釜に据えるかとか。ま、お前のことだ。そういったことも既に考えているんだろう。」
「ご安心を。人間共も一応、ネペンティア王討伐隊を作って対応しています。陛下はその隊で活躍していただきますので!なかなか数がそろわず、足踏みをしている状態の討伐隊。そこに颯爽と現れた陛下!!なんて素晴らしい!!!
あ、それから、私は別に人間嫌いではありませんっ。弱いからといって、むやみやたらと庇護を求めて甘えている者が嫌いなだけですから!」

興奮しすぎた宰相。魔王は引くことはなかったが、「まただよ、こいつ・・・。」と呆れてはいた。それに気付いたのか、我に返った宰相は1つ咳払いをして気を引き締めた。
「あと何点か気になることがありますが、それは後ほどの会議で。それでは、失礼します。」
そう言って宰相が執務室を出て行って直ぐ後、「ははっ。公式にヒト退治ができるなんて!なんて楽しいんだろうか!」という嬉々とした声が魔王の耳に入った。
やはり人間嫌いではないかと思った魔王だが、それよりも早く今日の業務を終わらせて『勇者会議』を開こうではないかと普段よりも気合を入れて残りの仕事に取り掛かった。魔王も存外ノリノリである。


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